全日本きもの研究会 ゆうきくんの言いたい放題
Ⅶ-95 きものの知識「加賀友禅」(その3)
加賀友禅には京友禅とは違った技法が用いられている。
私が加賀友禅について学んだ40年前には、加賀友禅の特徴として次の様に教えられていた。
➀ 加賀五彩と言う五色の色を基本とする。加賀五彩とは、藍、蘇芳、黄土、緑、
墨の五色。
➁ 刺繍、箔は用いず、染だけで完結する。
➂ 模様は写実的で自然の物。花鳥や山水の柄が多い。
➃ 葉っぱの模様には「虫食い」と呼ばれる斑入りか虫食った様に染める。
➄ ボカシは京友禅と反対で、模様の外部から内側に暈す。
当時の加賀友禅には、上記のような特徴が如実に表れていた。加賀五彩や「虫食い」柄はよく使われていて、そのような知識のない素人目にも、何か京友禅とは違ったものに見えた。
当時、加賀友禅作家の中に六人の伝統工芸士がいた。毎田二郎、矢田博、梶山伸、成竹登茂男、能川光陽、由水十久の六人である。
由水十久氏の作品は、童子の人形柄で、他の五人の作品とは一線を画していたが、他の五人の作品は、いずれも加賀友禅の特徴が色濃く表れていた。とは言え、五人の作品は五人五様で、いずれもそれと分かる特徴的な色遣いだった。
六人の伝統工芸士の作風は、その先代である木村雨山(1891年生)や談議所栄二(1899年生)と言った巨匠の技法を受け継いだものだったのだろう。
私が京都にいた頃は、まだ伝統工芸士の作品も市場に出回っており、一度矢田博先生が、私がいた問屋を訪れたこともあった。
しかし、その後伝統工芸士の作品は次第に市場では見られなくなった。他界される先生が相次ぎ、また価格が高騰しておいそれと問屋の店頭からは姿を消してしまったのだろう。
それでも加賀友禅は、次の世代に引き継がれ、押田正義、柿本市郎、白坂幸蔵、百貫華峰、毎田健治をはじめ多くの加賀友禅作家によって市場を潤していた。
それらの作品は加賀友禅の技法に忠実に染められていたが、目が慣れてくると
「これは〇〇の作品?」
と思えるように成る程作家の個性がにじみ出ていた。どの問屋でも加賀友禅の作品が並べられ、それらを見るのも仕入れの楽しみであった。
しかし何時の頃からか、加賀友禅は変わって行った。伝統的な花鳥や山水と言った加賀の伝統的な柄ではなく創作的な柄が多くなってきた。また、「虫食い」柄は見られなくなり、加賀らしいボカシも目立たなくなった。さすがに刺繍や箔置きをしたものは見られないが、京友禅と変わらない作品が多く見られるようになった。
つづく
